行動科学者はビデオを使い給え
という趣旨のコメントが出ていた。もっと具体的に言うと,少なくとも行動データ扱ってるような分野で研究報告をする際は,文字や低画質の静止画のみで説明されても方法が全然わからんことが多いので,ビデオで録画しておくことを勧める,という主張であった。これには確かに利点がいくつかある。(私はヒト成人の研究がメインなので以下もそれ系の話限定)
1.方法がよりわかりやすくなる:特にその研究の直接追試が必要な際に再現可能性の議論が適切になされやすくなる。例えばMethod欄が小さく,かつ結果として再現できなかった場合などに,元研究との方法の違いがあったからかも,というような議論をしなくて済むようになる。あと,原著者に問い合わせなくても追試できる可能性が高まる。これは実際に直接追試の研究をやってみると分かるが,我々にとっても原著者にとっても非常に煩わしい過程である。省略できるに越したことはない。
2.コントリビューションがわかりやすくなる:誰が実験を実施したのかがわかりやすくなる。そのため,実験を中心的に実施したのに連名にも謝辞にも入らないというゴーストオーサーシップ問題を抑制できる。(ちゃんと全実験の全場面を記録していた場合に限るが)
3.不正を防止しやすくなる:心理学では参加者にどのような教示を行うかによってある程度実験結果を誘導することができる。これは断言していい。だからこそ,教示をどのように行ったかはかなり実際に即して記載される必要がある。にもかかわらず,多くの研究ではここが非常に曖昧であることが多い。さらに実験データの扱い方や実験実施画面を記録しておくことで,データすり替えの有無を監視し,刺激画面と反応の対応を取れるようにすることで改竄の検証を可能にもできるだろう。(ちゃんと全実験の全場面を記録していた場合に限るが)
4.サイエンスコミュニケーションがやりやすくなる(かも):現在のところ,実験心理学などの分野で,暗室の中でどんな実験を実際に行っているのかについては,公衆にとってはまさにブラックボックスの状態である。実験風景を録画し,それを公衆に見せる機会を増加させることで,リアルな心理学の姿を知ってもらうことに繋がる。
これらの意図も込めて,私のラボでも説明するのにややこしそうな実験や絵的に面白い実験などでは積極的にビデオ撮影をし,編集して紹介VTRを作成している。それを突き詰めた雑誌として,Journal of Visualized Experiments (JoVE) が挙げられる。一方,不正やQRP防止のために動画を使う方法はこれまで各所で提案だけはしてきたが,いくらでも抜け道があるのでそこまで有効であるとは考えていなかった。だから今回このテーマでNature Human Behaviourに論文が出ていたのには驚いた。既に上述したJoVEもあるし,と。
以下には欠点も挙げておく。
欠1.撮影と保存にコストがかかる:まだまだある程度のクオリティの動画を撮影できるカメラを用意し,実験のたびにそれを撮影し,そのデータを保管しておくことには全てにおいてなかなかのコストがかかる。スモールラボではこんなことを実験のたびに実施することは不可能に近いだろう。もしも動画が論文掲載の条件などにされた場合,金持ちラボとの格差がますます広がっていくことになる。1本載せるのに661500円もかかるNature Communicationsになんか出せないよ,という話が懐かしい(ちなみにアップロードする場所としてなら発達系にはDatabraryがある。こういうところもっと増えてほしい)
欠2.プロトコールが構築・共有されていない:何をどのタイミングでどれくらい撮るかといった点が全く決まっていない。まさか実験中ずっと1台のハンディカムで手持ち撮影を続けるわけにもいくまい。これじゃ画面揺れたりブレたりしてよくわからんところが結局また出て来るだろう。それにそれだと画角の外で何かが起こっているかもしれないし,不正があった際にいくらでも弁明できるため,そのための用もなさない。実験室内をまるっと全部記録できるようなシステムの迅速な構築が望まれる。
欠3.プライバシー問題:今のところ,動画中の全ての実験参加者が許可を出さない限り動画は公開不可能となっている。しかしこれはあまり現実的でない基準である。かといって研究倫理的には参加者の素性を守秘する必要があるので,何らかの形でこれをクリアしなければならない。顔の部分だけ処理すればいいじゃんという考えもあるだろうが,動画に後から部分的に処理を加えた時点で,その動画の証拠としての価値は消失する。リアルタイムに顔検出し,同時にその顔をマスクするようなフィルタをかけつつ撮影できればまだ良いだろう。
欠4.撮影すること自体が心理的影響を持つ:参加者は撮影されているかされていないかで,意図的・非意図的のかかわりなく異なった行動を取る可能性が高い。つまりビデオカメラを実験室内に導入した結果,実験データが歪むというコンタミネーションの問題が生じてくる。ただし,「気づかなければどうということはない!」ので,クリアは比較的容易だろう。と,思うだろう。しかし参加者には事前に撮影することを告げておかなければ倫理問題だと指摘されるおそれがある。少なくとも事後承諾をキッチリ取れるかが勝負だろう(欠3とも関連)
とまあ,もともとある程度面白い話ではあるので今すぐに思いつくだけでもこれくらい議論するべきことが挙げられるのだけど,「誰がこんなめんどくさいことやるのか?」といういつもの問題が最終的に鎌首をもたげてくる。研究不正やQRP対策として本当に効果的なものがたくさん提案されてきているが,それを行うことにインセンティブやメリットがない限り,ヒトは行動に移りたがらない。めんどくさいからだ。結局はこの点をどうやって乗り越えていくかに問題は集約されるんじゃないかと思われる。
あと関係ないが,今日は私の誕生日である。記念のビデオでも残しておくかな。
元論文:
Gilmore, R. O., & Adolph, K. E. (2017). Video can make behavioural science more reproducible. Nature Human Behaviour, 1, 0128. http://doi.org/10.1038/s41562-017-0128
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